生活保護法改正案の一部について削除を求める会長声明
2018年04月04日
生活困窮者自立支援法等の一部を改正する
法律案の中に、
生活保護法の63状に基づく返還請求が、
国税徴収の例によるとする改正案が
含まれています。
その点について、佐賀県弁護士会は、
以下のように会長声明を発しました。
各地て慎重な検討がなされることを
期待したいと思います。
――――
生活保護法改正案の一部について削除を求める会長声明
1 平成30年2月9日,生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法
等の一部を改める法律案が今国会へ提出された。同法律案には,生活保護法の一部を
改正する案も含まれている。
同法律案によれば,生活保護法63条に基づく費用返還請求債権(以下「63条返
還請求」という)については「国税徴収の例により徴収することができる」とされる
(77条の2)。かかる改正がなされると,63条返還請求について,滞納処分が可能
となるうえ,経済的再生を目指して破産手続を利用したとしても,租税等の債権とし
て非免責債権となり,免責許可決定が確定してもその支払義務は残存することになる。
また,同法律案によれば,63条返還請求について,生活保護受給者の申出により生
活保護費からの天引きをすることが可能とされている(78条の2)。
2 そもそも63条返還請求は,不動産等換価困難な財産を保有している困窮者が,緊
急の事情により生活保護を受給した際,生活保護開始決定後に財産換価がなされ,そ
れまでに受けていた生活保護費用を償還する等のほか,実施機関の過誤払いにより支
払いすぎた生活保護費の返還を求める場合等であり,本質的に不当利得返還債務とし
ての性格を有する義務である(東京地裁平成22年10月27日判決参照)。そして,
返還にあたっても,支給した生活保護費が家財道具や介護用品の購入等その世帯の自
立更生に資する使途に充てられるのであれば柔軟に返還免除が認められ得る性質のも
のである(生活保護手帳別冊問答集問13-5)。
しかしながら,実務の現状としては,福祉事務所がこうした返還免除の検討をする
ことなく安易に全額の返還決定する例が多く,かかる返還決定を違法と断ずる裁判例
も多数存在する(大阪高裁平成25年11月13日判決,福岡地裁平成26年2月2
8日判決,福岡地裁平成26年3月11日判決,東京地裁平成29年2月1日判決)。
このように,実際に問題視されて裁判となって是正されているのは氷山の一角であ
ると考えられる。今回の法改正が実現すれば,違法な63条返還決定が是正されない
まま,預貯金を差し押さえる等によって全額返還を強制される事態が頻発することが
懸念される。
3 また,破産による免責制度とは,債権者による債権の請求から債務者を解放するこ
とによって,債務者の経済的再生を図り,人間の尊厳を確保するためのものであるか
ら,不誠実な行為を行っていない破産者(債務者)については,その更生のために積
極的に免責を付与すべきものとされている。したがって,免責の効果が及ばない非免
責債権を新たに創設することには慎重さが求められ,その合理性や必要性が厳格に問
われなければならない。
生活保護法については,平成25年に行われた生活保護法改正で78条4項が追加
されたことによって,不正受給に関する徴収債権は「国税徴収の例により徴収するこ
とができる」として非免責債権化された。この点については,租税債権が破産法25
3条1項1号によって非免責債権とされている理由が国庫の収入確保という徴税政策
上の要求に基づくことからすると,不正受給に関する徴収債権を租税債権と同視する
ことには疑問の余地もある。もっとも,不正受給に関する徴収債権は,不実の申告な
ど債務者に不誠実な行為と言い得るところがある点において,非免責債権である「悪
意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(同条項2号)に類似していることから,
非免責債権とすることに一応の合理性を見いだす余地があったといえる。
しかし,63条返還請求は,前述のとおり不当利得返還債務の性格を有するもので
あって,不正受給に関する徴収債権とは異なり,基本的には債務者に全く不誠実な行
為がない場合である。
これを不正受給に関する徴収債権と同様に非免責債権化することは,不誠実な行為
を行っていない破産者については,その更生のために積極的に免責を付与するという
免責制度の趣旨に真っ向から反する。このような免責制度の根幹にかかわる変更を破
産法ではなく生活保護法の改正によって行うことも大きな問題である。
この改正がなされれば,破産・免責申立を行った生活保護利用者や,任意に生活費
以外の支出をできるだけの生活状況にない生活保護利用者の経済生活の更生,自立を
阻害するのは明らかである。
4 これに加えて,支給する生活保護費から天引き徴収を可能とするのであれば,これ
まで度重なる生活保護基準の引下げにより,健康で文化的な最低限度の生活を営むこ
とさえ困難となっている生活保護利用者をさらに追い込み,生活保護利用者の生存権
を脅かすものであって,憲法25条に違反するものと言わざるを得ない。
5 以上のとおり,63条返還請求を「国税徴収の例により徴収することができる」も
のとし,保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案77条の2及び78
条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除
されるべきである。
平成30年3月30日
佐賀県弁護士会
会長 稲 津 高 大
法律案の中に、
生活保護法の63状に基づく返還請求が、
国税徴収の例によるとする改正案が
含まれています。
その点について、佐賀県弁護士会は、
以下のように会長声明を発しました。
各地て慎重な検討がなされることを
期待したいと思います。
――――
生活保護法改正案の一部について削除を求める会長声明
1 平成30年2月9日,生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法
等の一部を改める法律案が今国会へ提出された。同法律案には,生活保護法の一部を
改正する案も含まれている。
同法律案によれば,生活保護法63条に基づく費用返還請求債権(以下「63条返
還請求」という)については「国税徴収の例により徴収することができる」とされる
(77条の2)。かかる改正がなされると,63条返還請求について,滞納処分が可能
となるうえ,経済的再生を目指して破産手続を利用したとしても,租税等の債権とし
て非免責債権となり,免責許可決定が確定してもその支払義務は残存することになる。
また,同法律案によれば,63条返還請求について,生活保護受給者の申出により生
活保護費からの天引きをすることが可能とされている(78条の2)。
2 そもそも63条返還請求は,不動産等換価困難な財産を保有している困窮者が,緊
急の事情により生活保護を受給した際,生活保護開始決定後に財産換価がなされ,そ
れまでに受けていた生活保護費用を償還する等のほか,実施機関の過誤払いにより支
払いすぎた生活保護費の返還を求める場合等であり,本質的に不当利得返還債務とし
ての性格を有する義務である(東京地裁平成22年10月27日判決参照)。そして,
返還にあたっても,支給した生活保護費が家財道具や介護用品の購入等その世帯の自
立更生に資する使途に充てられるのであれば柔軟に返還免除が認められ得る性質のも
のである(生活保護手帳別冊問答集問13-5)。
しかしながら,実務の現状としては,福祉事務所がこうした返還免除の検討をする
ことなく安易に全額の返還決定する例が多く,かかる返還決定を違法と断ずる裁判例
も多数存在する(大阪高裁平成25年11月13日判決,福岡地裁平成26年2月2
8日判決,福岡地裁平成26年3月11日判決,東京地裁平成29年2月1日判決)。
このように,実際に問題視されて裁判となって是正されているのは氷山の一角であ
ると考えられる。今回の法改正が実現すれば,違法な63条返還決定が是正されない
まま,預貯金を差し押さえる等によって全額返還を強制される事態が頻発することが
懸念される。
3 また,破産による免責制度とは,債権者による債権の請求から債務者を解放するこ
とによって,債務者の経済的再生を図り,人間の尊厳を確保するためのものであるか
ら,不誠実な行為を行っていない破産者(債務者)については,その更生のために積
極的に免責を付与すべきものとされている。したがって,免責の効果が及ばない非免
責債権を新たに創設することには慎重さが求められ,その合理性や必要性が厳格に問
われなければならない。
生活保護法については,平成25年に行われた生活保護法改正で78条4項が追加
されたことによって,不正受給に関する徴収債権は「国税徴収の例により徴収するこ
とができる」として非免責債権化された。この点については,租税債権が破産法25
3条1項1号によって非免責債権とされている理由が国庫の収入確保という徴税政策
上の要求に基づくことからすると,不正受給に関する徴収債権を租税債権と同視する
ことには疑問の余地もある。もっとも,不正受給に関する徴収債権は,不実の申告な
ど債務者に不誠実な行為と言い得るところがある点において,非免責債権である「悪
意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(同条項2号)に類似していることから,
非免責債権とすることに一応の合理性を見いだす余地があったといえる。
しかし,63条返還請求は,前述のとおり不当利得返還債務の性格を有するもので
あって,不正受給に関する徴収債権とは異なり,基本的には債務者に全く不誠実な行
為がない場合である。
これを不正受給に関する徴収債権と同様に非免責債権化することは,不誠実な行為
を行っていない破産者については,その更生のために積極的に免責を付与するという
免責制度の趣旨に真っ向から反する。このような免責制度の根幹にかかわる変更を破
産法ではなく生活保護法の改正によって行うことも大きな問題である。
この改正がなされれば,破産・免責申立を行った生活保護利用者や,任意に生活費
以外の支出をできるだけの生活状況にない生活保護利用者の経済生活の更生,自立を
阻害するのは明らかである。
4 これに加えて,支給する生活保護費から天引き徴収を可能とするのであれば,これ
まで度重なる生活保護基準の引下げにより,健康で文化的な最低限度の生活を営むこ
とさえ困難となっている生活保護利用者をさらに追い込み,生活保護利用者の生存権
を脅かすものであって,憲法25条に違反するものと言わざるを得ない。
5 以上のとおり,63条返還請求を「国税徴収の例により徴収することができる」も
のとし,保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案77条の2及び78
条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除
されるべきである。
平成30年3月30日
佐賀県弁護士会
会長 稲 津 高 大
Posted by わかくす法律事務所 at 23:48
│貧困対策